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-島歩き- 小豆島おもしろ草子

小豆島結界物語の最近のブログ記事

~エピローグ~

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~エピローグ~

この小豆島にある神社を結ぶ奇妙なラインに気がついてから、はや2年半が過ぎた。
このブログの展開と共に調査をしてきたのだが、その間にさまざまな情報が寄せられた。
ブログには載せなかったが、例えば富岡八幡神社を中心に半径3.6kmの円を書くと、池田亀山八幡宮・肥土山離宮八幡・伊喜末八幡神社・大木戸八幡神社がライン上に乗る等・・。

小豆島にこれだけ多くの神社が点在すると、地図をプロットすれば何らかのラインが出来る。
もちろんこれは偶然の産物であり、そこに神社を建てた意図はないのかもしれない。
ただ、東経134度19分ラインのように、先に古戦場があり「そこに後から神社が作られた」場合などは、歴史を知る上で貴重な遺産である。

我々が日々の生活の中で、神社にお参りをする機会はそう多くはない。特に宮司さんがいない、小さな「村の鎮守様」などは、目にとまることもないだろう。
しかしそこには「祀るための何らかの理由」があり、その理由は忘れられても、何百年の間受け継がれてきたものである。
なぜ「そこ」に祀られているのか、その祭神は「誰」なのか、それを知ることが故郷の歴史を学ぶ上で大切なことだと私は思う。

~最後に、読んで下さった皆様へ~
多くの方に感想を頂き、またわざわざ私を訪ねて来て頂いた方々に、グダグダのままこの章を終えることをとても申し訳なく、残念に思います。
このブログを書くために、今まで行ったこともなかった神社や山中の祠や磐座などを巡り、さまざまな発見がありました。今後も引き続き、小出しになりますが、そのレポートを書きたいと思います。


小豆島結界物語  ~終~

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結末~時代へ

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結末~時代へ

「皆さん!大丈夫ですか!!」
ようやく揺れが収まり、たくろう氏が叫んだ。

「いててて・・・。それにしても凄い地震でしたね。」
紫蘭さんが腕を押えながら答えた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、ちょっと机にぶつけただけです。」
「いやあ、こんな揺れは阪神大震災以来ですね。」
「怖かった・・」
机の下に潜っていたメンバーはお互いに無事を確認しあいながら、口々に安堵の言葉を漏らした。

「あれ?一葉さんは?」
「一葉さんが・・・消えた?」

********************************************************************

「殿!殿!!」
林の中の小道を、鎧兜に身を包んだ武者がこちらに駆けてくる。
「細川の軍勢が讃岐を出たようです!」
「来たか。狼煙を上げて、熊野水軍に伝えよ。」
彼方の海を見ながら、私はそう答えた。

「来ましたな・・信胤様。なあに、細川の腰抜け共なんぞ返り討ちにしてくれますわい。」
私の隣で年配の老武者が言った。
「十郎兵衛。この戦、絶対に負けるわけにはいかん。この小豆島に来て7年。ようやく見つけ出した本物の三種の神器を、なんとしても後醍醐天皇に届けるのだ。」
「信胤様がこの地に来られて、はや7年になりますか。それにしても平家の落人がまさかこの地に三種の神器を隠していようとは、思いもよりませんでしたわい。」
「安徳天皇とともに海に沈んだ神器がいつの間にか引き上げられた、という話を真に受けていたのか?」
「もちろん。信胤様以外の誰もがそう信じていたでしょうな。」
「ふっ。北朝の光明天皇の手にあるのは偽者じゃ。平家はいつの日かの復興をもくろんで、この島の3ケ所に古墳としてそれぞれを隠し、目印のために八幡大菩薩を祀る神社を建てた。伊勢の神宮と、この国の西の端の海神神社の線上にな。」
「平家の落人も、なかなかの知恵者ですな。もっとも、それを見破った信胤様の方が一枚上手でございますが。はっはっは」
「十郎兵衛。この三種の神器をもって後醍醐天皇を正統な帝とし、わしは武家の頭領である征夷大将軍となる。そうなればこの国は思いのままよ。」
「御意。」

私の目の前に広がる穏やかな瀬戸の海に、戦乱の嵐が吹き荒れようとしていた。

~小豆島結界物語~終~

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全ての謎を解く その7

「皆さん、三種の神器というのをご存知ですか?」
「鏡、剣、勾玉のことですね?」
紫蘭さんは何を言い出すのか、という顔で答えた。

「そうです。八咫鏡、天叢雲剣、八尺瓊勾玉のことです。八咫鏡はニニギノミコトが天孫降臨する際、この鏡をアマテラスだと思って祀るようにと手渡されたものです。天叢雲剣は別名草薙剣とも言われ、スサノオがヤマタノオロチを退治した時に、オロチの尻尾から出てきた剣です。」
「つまり、八咫鏡はアマテラスであり、天叢雲剣はスサノオということですか?」
「そうです。」
「では、残るひとつの八尺瓊勾玉は?」
「八尺瓊勾玉に関しては、天の岩戸隠れの時に玉祖命が作り天孫降臨の際にニニギノミコトに持たせたとありますが・・・・。」
「・・・が?」
「私は、八尺瓊勾玉は月読命(ツクヨミ)に関係があるのではないかと思うんです。」
「なぜ?」
「鏡=太陽=アマテラスであり、玉=月=ツクヨミではないかと思います。それであれば、三貴神(子)が三種の神器にそれぞれ当てはまるのです。」

「たしか、三種の神器は日本の正統な帝の証として、皇位継承の際に代々伝えられてきたものですね。」
サニーさんの問いに、私は一呼吸置いて答えた。

「その通りです。帝は三種の神器、つまり三貴神の力を受け継ぐことにより、畏敬の神格を得たのではないでしょうか。現在では、鏡は伊勢神宮に、剣は熱田神宮に、勾玉は御所にあるとされています。」
「それぞれ別の所にあるのですか?」
「ええ。この三種の神器をめぐって過去にさまざまな事件が起きているのです。」
「・・・・・事件?ですか?」
「最も大きな事件は、平家滅亡の際に平家に連れられていた当時8歳の安徳天皇が、祖母に抱きかかえられ海に飛び込み、三種の神器ともども海に沈んだとされている事件です。」
「海の底に沈んでしまったのですか?」
「ええ。ところが誰かの手により引き上げられ・・」

そこまで話た時、ドーン!という耳を劈く音とともに、大きな横揺れが起こった。

「地震だ!!!」
誰かが叫んだ。部屋の中は怒号と悲鳴が入り混じり騒然となった。
私は机にしがみ付き、なんとか立っていたが、次の大きな縦揺れで吹き飛ばされ、壁に打ち付けられて気を失った。

以下次号

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全ての謎を解く その6

「一葉さん。このラインにスサノオがなにやら関係しているようだ、という事はわかりましたが、東に到達するのは伊勢神宮でしたよね?」
「ええ。伊勢神宮、皇大神宮とも呼ばれる天照大御神を主祭神とする、神社本庁の本宗です。」
「西はスサノオ、東はアマテラスということですか。」
「ええ。で、この34度28分が到達する所は、伊勢神宮の中でも『月読宮』なんです。」
「月読というのは、いったい何ですか?」

たくろう氏が申し訳なさそうに尋ねた。

「イザナギが黄泉の国から帰ってきて禊をした時に、左目から生まれたのがアマテラス、右目から生まれたのが月読、鼻から生まれたのがスサノオで、この3人が三貴神と言われる重要な神様とされています。」
「アマテラスとスサノオはよく聞く名前ですが、月読というのはあまり聞かないですね。」
「ええ。神話でもアマテラスやスサノオが登場する話はたくさんあるのですが、月読のエピソードは記紀の中にほとんど出てきません。」
「三貴神の一人でありながら、それほど重要ではないという位置づけですか?」
「いえ、決してそうではないのです。」

以下次号

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全ての謎を解く その5

「スサノオといえば、神話の中でも最も有名な【ヤマタノオロチ退治】の英雄ですよね。」
「たしか、出雲が舞台となっている神話ですね。」
「ええ。高天原を追放されたスサノオが、最初に活躍するのが出雲なんですが、日本書紀では高天原から直接出雲に降りたのではなく新羅に降りた後、出雲に渡ったとされています。」
「なぜ新羅に?」
「そこがポイントなんです。新羅で特に何かの活躍をしているわけでもない。神話の作者からすれば、ヤマタノオロチ退治の活躍を書くのであれば、直接高天原から出雲に降りたことにすればいいものを、わざわざ一度新羅に降りてから出雲に向かったとしているんです。」
「何か意味があるんでしょうね。」

私は大きく息を吸い込み、私が考えた説をゆっくり話した。

「先に話た通り、アマテラス=卑弥呼であり、スサノオ=卑弥呼の弟王であるなら、説明がつきます。」
「どういうことですか?」
「つまり、天の岩屋戸神話は、邪馬台国におけるスサノオ(弟王)のクーデターであり、スサノオのバックには新羅がついていた、ということです。ご存知の通り邪馬台国は、親魏倭王の金印を貰ったように、魏の力を背景に連合国をまとめていたのですが、卑弥呼が亡くなったとされている248~9年ごろの魏は、司馬懿によるクーデターが成功し、事実上司馬一族の支配になりつつあったのです。」
「では、魏の混乱に乗じて新羅がスサノオのバックにつき、倭に権力を伸ばそうと企てた、ということですか?」
「アマテラス、つまり卑弥呼を倒す事には成功したものの、連合している各国に同意を得られず2代目アマテラス、すなわち台与により邪馬台国を追放されたのではないでしょうか。」
「だから新羅に逃れた・・・と、いう訳ですね。」

私は大きく頷いた。

「でも申し訳ありませんが一葉さん、その話は八幡信仰と関わりがあるようには思えませんが。」
「いえ、一端新羅に渡った、というのがキーポイントなんですよ。」
「と、言うと?」
「北緯34度28分のライン。つまり小豆島の3つの八幡宮を結ぶラインですが、東へ伸ばすと伊勢神宮へ、西へ伸ばすと到達するのが対馬の海神神社でしたよね。」
「そうです。」
「日本書紀に書かれている通り、スサノオが新羅から日本に渡ったとなると、恐らくはその中間点である、壱岐もしくは対馬に立ち寄ったと考えられませんか?」
「あ!・・・、魏志倭人伝に書かれている日本に渡るルートでも、そうですね。」
「そして、海神神社。最初にスサノオがイザナギから命じられたのは、海原を治めることだった・・。」
「で、ではスサノオが海神だと・・!」
「八幡信仰の源流と言われている海神神社。そしてスサノオの3人の娘である宗像三女神(比売大神)を祭神とする八幡信仰。スサノオの渡来・・。イザナギの命令・・。」
「八幡信仰とは、スサノオ信仰ですか?!」
「私の勝手な憶測なんですけどね。」

笑いながら私は答えた。

「話が脱線したついでにもうひとつ。熊野ではスサノオが新羅から出雲に行く途中、熊野に立ち寄った、という話もあるんです。」
「それではずいぶん遠回りですね。」
「ええ。途中に立ち寄るルートではありませんが、熊野信仰の主祭神とされる家津美御子大神の正体はスサノオである、という説もあるんです。」
「どういうことでしょう?」
「日本書紀に『一書に曰く』として、スサノオが身体の毛を抜いて放つと木になった、とかスサノオの息子の五十猛神が木の種を蒔いて紀伊の国を作った、とかいうのがあるそうです。」
「紀州・熊野とスサノオも何か関係がありそうですね。」
「ええ。で、話を戻しますが、池田の亀山八幡宮のある城山に居を構えた須佐美一族の頭領、須佐美源五は紀伊守なんですよ。」
「須佐美氏とスサノオ、どちらも紀伊に繋がるんですか!」
「ええ。それと、小豆島に最初に八幡宮が出来た時、これは藤原時代なんですが、石清水八幡宮から神官として小豆島にやって来たのは『紀』氏なんです。」
「紀氏?」
「ええ。有名なのは歌人の紀貫之ですが、元々は紀伊国造と言って、紀州の古代豪族なんです。」

以下次号

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全ての謎を解く その4

「あ、あのぅ。すみません、一葉さん。話の内容がよくわからないんですが・・。池田八幡宮と城山の話が、なぜ邪馬台国の話になるんですか?」

たくろう氏が申し訳なさそうに言った。

「あ、話が飛躍してしまいました。問題はスサノオなんです。」

私は振り向くとホワイトボードに『素戔嗚尊』と書いた。

「日本書紀ではスサノオをこのように書くのですが、古事記にはこう書かれています。」

『建速須佐之男命』

「スサノオを須佐之男と書いています。文字通り読めば【須佐の男(おとこ)】ですよね。この場合、須佐というのは須佐という地名、もしくは一族の名前ではないかと思うんです。」
「なるほど。」
「つまりスサノオというのは、『須佐から来た男』もしくは『須佐一族の男』という意味ではないでしょうか。」
「そういう風にも考えられますね。」
「地名では現在山口県萩市に須佐という地名があります。また、出雲の須佐神社の神職は須佐氏で、スサノオの子孫であると伝えられているそうです。そこでサニーさん、もう一度尋ねますが、池田八幡宮がある城山に居城していた豪族は・・?」

「・・須佐美一族です。」

「あ!!!!、なるほど!!」

「そうなんです。私の想像なんですが、須佐美氏はスサノオに何か関わりがある一族ではないかと思うんです。」
「スサノオに関わりがある一族が、古墳と八幡宮を守るために城山に城を築いたと?」
「そうです。」
「し、しかし一葉さん。八幡宮の祭神は、応神天皇と神功皇后それに比売大神の三柱ですよ。」
「そこなんです。八幡宮の総本社は宇佐神宮なのですが、応神天皇と神功皇后が八幡宮に祀られるようになったのは、宇佐では社殿の建替えがあった708年ごろから、あるいは860年に石清水八幡宮が建立されてからという説があるんです。」
「それが八幡信仰の始まりではないのですか?」
「いいえ。八幡信仰はもっと古く、宇佐では辛島氏が比売信仰を持ち込んだのが始まりと言われています。」
「比売信仰?」
「ええ。比売大神です。比売大神とは宗像三女神のことで、福岡県の玄海灘に浮かぶ沖ノ島・大島・田島に祀られる田心姫神(たごりひめ)・湍津姫神(たぎつひめ)・市杵島姫神(いちきしまひめ)なんですが、この三女神はスサノオがアマテラスと天安河で対決したときに生まれたスサノオの子供なんです。」
「そ、そうなんですか!!」
「はい、この三女神が生まれたことでスサノオの勝利となるんですよ。」
「では、その三女神の信仰が八幡信仰の始まりなんですね。」
「ところが、そうではないんですよ。」

以下次号

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全ての謎を解く その3

会議室のドアが開き、紫蘭さんが飛び込んできた。
「い、一葉さん!城山は一葉さんの言う通り古墳だったようです!」
「どこかで確認したんですか?」
「ええ!教育委員会に勤める友人に調べてもらったところ、場所は特定できないし現存していないのですが、確かに石棺が出土したという記録があるそうです!」

さっきの私の話をわざわざ確認してくれたようだ。
これで私の想像は確信に近いものに変わった。
私は参加者の方に振り向き話を続けた。

「さて、皆さん。はるか神話の時代に、天照大神と戦って勝利した神がいたことをご存知でしょうか?」

「アマテラスと戦って勝った・・?」

部屋の中がまたざわめいた。

「あの・・・スサノオのことでしょうか?」
「さすが紫蘭さん。そうです、スサノオです。黄泉の国から戻ったイザナギは、穢れを払うために身を清めます。その時、さまざまな神が生まれるのですが、最後に左の目を洗ったときに生まれたのがアマテラス。右の目を洗った時に生まれたのが月読命(ツクヨミ)。さらに鼻を洗った時に生まれたのがスサノオです。」

私は続けた。

「イザナギは、アマテラスに高天原(天上界)を、ツクヨミに夜の世界を、スサノオに海を支配するように言い渡します。これを三貴子分治の神話と言います。」
「それぞれが役目を分けて統治したんですか?」
「ところが、スサノオは言うことを聞かずに、母であるイザナミの住む根の堅洲国(地底の国)に行きたいと泣いたので、海は荒れ、山は枯れ果ててしまった。怒ったイザナギは、お前はこの国に住んではならぬ、とスサノオを追放してしまったのです。スサノオは、それならば天上界に住む姉のアマテラスのところに行き事情を話してきます、と言い天上界に昇るのですが・・。」
「そこでアマテラスと戦うんですか?」
「アマテラスは、弟のスサノオが攻めてきたと思い、男装して弓矢を手に天安河を挟んで相対します。そこで誓約(うけい)を行い、スサノオが勝ったので邪心がないことがわかり、アマテラスはスサノオを高天原に迎え入れるのですが、アマテラスに勝ったことでスサノオは慢心し、高天原で好き放題暴れるのです。田の畦を壊し、川を埋め、馬の皮をはぎ神衣を織る織殿に投げ込んだので、服織女が驚いて死んでしまった。悲しんだアマテラスは、天の岩屋戸に隠れたので暗黒の世界になってしまった。」
「天の岩戸神話ですね。」
「ええ。ここからは、皆さんご存知の有名な神話ですから略します。古事記では死んだのは服織女となっていますが、日本書紀では死んだのはアマテラスとなっているんです。」
「え!!アマテラスがスサノオに殺された!!?」

部屋の中がまたざわめいた。

「で、では、天の岩戸神話にある、八百万の神が集まって岩戸を開ける話は何なんですか!?」
「それは、神の復活という意味でしょうね。」

私は一度大きく深呼吸をし、話を続けた。
「現在では、神話は作り話だと思われています。でも、神話が作り話に格下げされたのは、戦後なんです。それまでは真実とされてきたんです。」
「アマテラスやスサノオが実在の神だと言うんですか?」
「そうではありません。史実を脚色した話ではないでしょうか?」
「史実?」
「登場人物をよく考えてみてください。国王であった姉と、その弟。姉が死に弟が治めるが国が乱れ、新たに女帝が復活する話。」
「あ!!!もしかして、魏志倭人伝の!」
「そうです。邪馬台国です。女王である卑弥呼が死に、男王を立てるが国が乱れ、宗女の壹与を新たな王とし国が治まった。邪馬台国は連合国を支配していたと考えられているわけですから、八百万の神々が集まり云々というのは、各国の王が集まり、ということではないでしょうか?」
「す、すると、アマテラスは・・・」
「そうです。天の岩戸に隠れる前が卑弥呼、復活したアマテラスは壹与。アマテラスは2人いるんです。」
「で、スサノオはどうなるんですか?」
「神話では、復活したアマテラスにより高天原から追放され、出雲に渡りヤマタノオロチを退治する。これを置き換えれば、壹与に追放された卑弥呼の弟は出雲に逃れ出雲帝国を造る・・となりますね。」

以下次号

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全ての謎を解く その2

「では、神社は戦いの後に出来たと言うんですか?」
「その通りです。戦いで亡くなった武将の霊を鎮めるために、そして末永く祀られることを意図して、その場所に神社を建てたのではないでしょうか。」
「なるほど。では、2本目の東西ラインはどうなんですか?」

2本目。内海・池田・富山の八幡宮を結ぶ北緯34度28分のラインである。東に延びれば伊勢神宮、西の端は、八幡信仰の源流と言われている対馬の海神神社に至る重要なラインだ。
私は、静かに口を開いた。

「内海・池田・富丘八幡宮には、八幡宮ということ以外に共通点があるんです。」
「共通点?」
「ええ。この3つの八幡宮には、それぞれすぐそばに古墳があるんです。」
「ち、ちょっと待ってください。たしかに富丘八幡宮は、本殿の横の丘が古墳ですが、内海・池田にも古墳があるんですか?」
「まず内海に関してですが、調べてみると内海八幡宮は2つあるんですよ。」
「え!!そ、そんな事聞いたことありませんよ!」
「ええ。ここに住んでいる我々にとって、参拝する内海八幡宮は1つだけなんですが、実は2つあるんです。」

図書館に全国の八幡宮を載せている本がある。そこには驚くことに『内海八幡宮』として、2ケ所記載されているのだ。
ひとつは現八幡宮。そしてもうひとつ、現八幡宮のある宮山の頂上に、内海八幡宮とはっきり記載されているのである。

「この宮山頂上にある八幡宮ですが、応神天皇聖跡を祀っているとされていますが、その実『古墳を守るため』ではないかと思うんです。」
「つまり宮山に古墳があると・・?」
「ええ。現在でこそ宮山は内陸にありますが、その昔は古江の亀尾山古墳(十郎兵衛さん)と同じく半島だったんです。しかも、山の形からして古墳にほぼ間違いないでしょう。」
「そういえば、以前に石棺が出たと言ってましたね。」
「はい。町の記録には載ってないのですが、B&G側の崩れた崖に石棺が出たと聞いています。」
「では、内海八幡宮が古墳だとして、池田八幡宮は二面古墳に関係すると言うんですか?位置的にかなり離れていますが。」
「いいえ。二面古墳ではなく、池田八幡宮のすぐ裏の山、城山です。」

「それは・・。初耳ですよ。」
「聞いたことがない。」
「それは違うんじゃないですか。」

部屋の中がざわめき、それぞれが勝手に口を開きはじめた。

「ちょっと皆さん、一葉さんの説を聞きましょう。城山が古墳だという証拠でもあるんですか?」
たくろう氏が一同を制し、私を促す。

「皆さん、城山にはその昔、城があったのをご存知ですか?」
「聞いたことはあります。たしか、佐々木信胤に協力した地元の豪族の城があったらしいですね。」
池田在住のサニーさんが口を開いた。

「サニーさん、その豪族の名前は知っていますか?」
「たしか、須佐美一族だと聞いていますが。」
「そうです。須佐美氏です。」

以下次号

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全ての謎を解く その1

 商工会の会議室には10名を超える人々が集まり、その視線は、私に向けられていた。

静まり返った会議室の中で、このサイトの責任者であるたくろう氏が口を開いた。

「一葉さん、そろそろ始めてください。」

「ええ・・・。では、まず最初のラインである東経134度19分についてです。」
いささか緊張気味に私は話はじめた。
「このラインは、このブログを始めるきっかけになった南北ラインですが、星ケ城の東峰にある阿豆枳神社から内海八幡宮を通って、坂手の西山稲荷に抜けるラインです。」
「このライン上に、内海の主だった神社が並ぶわけですね?」
紫蘭さんが緊張した声で言った。

「ええ、そうです。小坪の秋葉神社・安田の金毘羅宮・玉姫神社・内海八幡宮・古江の若宮・音宮・・・。」
「このラインはどう言う意味を持ったラインなのですか?」
「それがどうやら我々は、このライン上に神社が並ぶ・・という事に惑わされていたようです。」
「惑わされていた?」
「ええ。実は、このライン上にある各ポイントは、全て佐々木信胤に関するポイントなんです。」
「神社ではないんですか?」

「ひとつずつ説明しましょう。まず阿豆枳神社ですが、ここにあるのは言わずと知れた星ケ城。佐々木信胤の城です。次に秋葉神社。この神社は小高い丘の上にあるのですが、この丘の北側に信胤の家臣だった小坪十郎兵衛の墓があるんです。安田の金毘羅宮は、天王山という山にありますが、ここは信胤の居城があったと言われている場所。玉姫神社の横には、信胤の廟があります。」
私は、一呼吸置いて続けた。
「次に肝心の内海八幡宮ですが、これは八幡宮の裏山、つまり宮山。ここでは信胤の重臣だった大川新左衛門が、細川軍と戦って戦死した場所なんです。古江の若宮は通称『十郎兵衛さん』小坪十郎兵衛に繋がる場所であり、さらに音宮から西山稲荷に抜ける場所に、星ケ城の出城である大手城があります。」
「ち、ちょっと待ってください。どういうことですか?」
「つまり、このラインにある場所は全て信胤軍と細川軍の古戦場跡なんですよ。」
「なにかその証拠はあるんですか?」
「実は、今から約70年ほど前に通称『十郎兵衛さん』、亀尾山古墳で、鎧兜を着て刀を持った人骨が数体発掘されているんです。さらにそのあたりの人に尋ねてみると、昔に古江交差点近くの畑で錆びた刀が出てきたとか、兜が出てきたとかいう話があるんです。讃岐から攻め上がってきた細川軍は、大手城を陥落し、星ケ城に向けて一直線に攻めてきたんだと思います。星ケ城までのポイントになる小高い丘の上には信胤の防衛軍基地や狼煙台があったんでしょう。宮山、天王山、秋葉神社の丘・・・。」


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清瀧大権現

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清瀧大権現

「つ、つまり四神の方角である東を表す青龍が・・き、清滝山だと言うんですね!」
紫蘭さんが叫んだ。

「ええ。この写真なんですけど。」
たにやん隊長のデジカメには、崖の中に立つ立派な社殿が写っていた。
「扉を開けると、こうなっています。」
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「一葉さん、書かれた文字が読めますか?」
「中央に清瀧大権現・・その周りに持国天・増長天・広目天・多聞天・・・四天王ですね。」
「なぜ、こんな山の中に?」
「中山の水天宮にあるビルシャナ大龍神と彫られた岩、西の滝に残る龍神伝説、そして清瀧大権現・・」
私はしばらく思案した後、ひとつの考えが浮かんだ。

「隊長、ノートパソコンは車の中ですか?」
「はい。車に積んでますけど。」

私たちは急いで車に戻り、3ケ所の位置関係を調べた。

「西の滝、北緯34度29分21秒。水天宮、北緯34度30分6秒。清滝山、北緯34度30分20秒。」
「やや右肩上がりに一直線!」
「そして、水天宮の南北には・・・」
「妙見崎と飯神山!!!!」

「やはり・・・。解りましたよ、紫蘭さん。隊長。」
「わ、わかったって、何がですか?!」
「すべてです。すべての謎が解けました。」

以下次号

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プロフィール

紅雲亭 一葉
プロレタリア文学作家の血を引く佃煮屋さん。
読む人をして声を出して笑わせしめる天賦の文筆力を授かる。 その文章に根強いファンが増えるはず。

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