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-島歩き- 小豆島おもしろ草子

佐々木信胤の最近のブログ記事

信胤その後・・・

さて、佐々木信胤のその後だが、伝承では討ち死にしたと言われ、小豆島の各地に「信胤が討死にした場所」として「城崩れ」と呼ばれる神社や祠がある。

だが、実際のところは北朝方・細川師氏の被官として、荘園「肥土庄」の領家職となり、富丘八幡を造営したり、同宮本殿を遷宮したという古文書が残っているらしいから、うまく逃れてまた北朝側に寝返ったのだろう。なかなか世渡り上手である。
貞治元年の白峰合戦に、北朝方として戦いに加わったとの記録を最後に、信胤の名は歴史書から消える。
宇多源氏の系図にも、信胤の後は続いていない。

そして気になる「お才の局」だが、星ケ城落城後の彼女の行方はわからない。
もし、殺されたのであれば、伝承や言い伝えで残っていたり、音姫のように神社が祀られていそうなものだが、それもない。うまく逃げきったのだろうか。

佐々木信胤とお才の局の恋物語は、現在「安田踊り(県無形文化財指定)」として残されている。

それはそうと、今年の中山農村歌舞伎の出し物は「信胤とお才の局」だそうだ。
台本では、二人は許されぬ恋仲で、最後は毒を飲んで心中するらしい。
ロミオとジュリエットである。私の台本よりロマンチックである。憎い。

最後に。。
「佐々木信胤」でGoogle検索をすると、2番目にこのブログが出てくる。凄い。
ここまで駄文にお付き合いいただいた皆様に感謝いたしますm(__)m

「佐々木信胤」の章 完

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無言参り

ドサッ!ゴロゴロゴロ・・・。猛烈なタックルを受け、上になっていた武将は浜を転がった。

「い、いてぇな、このやろうっ!」
「あっ!!殿ではありませんか!」
「なんだお前は!せっかくマウントポジションだったのにっ!」
「申し訳ありません。村人が殿は下だと言うもので。」
「見ろ。敵が逃げちゃったじゃないかよぅ。」
「まさか殿がミルコ・クロコップを組み伏せているとは・・」
「ミルコ・クロコップ?いや、敵は日本人だったぞ。しかも、ミルコはこの時代の人じゃないし。」

全員の目は、村人に注がれた。

「これ、村人。さっき敵はミルコ・クロコップって言ったよな?」
「へぇ。それが昨日、佐々木の殿様が星ケ城を落ちてこっちにやってきなさると聞いたもんで。」
「・・・?」
「皆さん、お疲れだと思って。オラ汁粉炊いたんですぅ。」
「・・・汁粉?」
「で、皆さんが見えたので椀に注ごう思ったら椀が足りなくて、紙コップに入れたんですぅ。」
「・・・紙コップ?」
「へぇ。汁粉、紙コップ。」
「しるこ・紙コップ~しるこ・かみこっぷ~シルコ・カミコップ~ミルコ・クロコップ。」
「どっひぇ~!!!」

「・・・いや、紙コップもこの時代には無いんだけど。」

そんなことがあってから、長浜の村人は祠を建て『口は災いの元』という事で一切口を利かずにお参りをする「無言まいり」の風習が出来上がった。

以下次号

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殿は上か、下かっ!

星ケ城の落城により信胤は、大麻山、高壷山、上庄、笠ヶ滝、滝ノ宮と敗走し、ついに長浜まで来てしまった。
「殿、もう夜もふけて参りました。今夜はこのあたりで休みましょう。」
「そうだな。」
「村人に何か食べるものを分けてもらってきます。」
「たのむ。」

信胤は近くの木に馬を繋ぎ、浜に降りて海を見つめた。

『お才は・・音姫は、今ごろどうしているだろう。無事だとよいが・・』

と、その時!草むらから一人の武将が飛び出して来た!

「佐々木信胤殿とお見受けする!お命頂戴つかまtr!」
「あ、今噛んだ?大事な所でセリフ噛んだよね!わっはっは」
「も、問答無用!!」

敵将と組討ちになった信胤は、浜を上へ下へと転がった。騒ぎを聞き駆けつけた兵士たち。
隠れていた村人に大声で尋ねた。

「殿は、上か!下か!!」
「し、下でございますぅ。」
「で、相手の武将は?!!」
「ミルコ・クロコップ」
「なんだと!あのPRIDE王者でK-1ファイターのミルコ・クロコップかっ!」

信胤の一大事と、一人の兵士が上になっている相手に猛烈なタックルをくらわした。

以下次号

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音姫の祟り

「たたりじゃ~音姫のたたりじゃあ~!!」

苗羽村誌によると『康永年間、佐々木信胤の末女笹山に隠れ居りしを知り、周囲より石を放ちて遂に死に至らしめたり。これが祟りによりて堀越の人家残らず廃絶にさせしと云う。而して信胤の女の霊を古江の海浜に移し祀れり。これを「音姫の宮」俗に音の宮と云う。』とある。

前回の投稿では、あまりにむごいので音姫は自害したことにしたが、村誌にはこう記されている。

それから約200年後。坂手村より久留島氏と壷井氏が堀越村に移住。その後多くの人が移り住み、新たな堀越村が作られる。江戸時代には廻船業や漁業で大いに栄えたと村誌には書かれている。

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音姫の宮は現在、古江地区の荒神神社の中にあり、古江自治会の人たちの手により丁寧にお祀りされている。

以下次号

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音姫の最後

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星ケ城落城により、わずかな供の者に連れられ信胤とは逆に東に向かった音姫。
身を隠し、ようやく追ってから逃れて堀越村にたどりついた。

さて、音姫役だがここはひとつ「沢尻エリカ」でお願いしたい。
年齢からすると音姫は7~8歳というところだが、私の脳内では「沢尻エリカ」なのである。
異論はあるだろうが、ここは目をつぶって許してほしい。

「姫、少し休みましょう。」
供の者が水を汲み、喉を潤していたその時、数人の村人が現れた。
「おお、飽浦の音姫じゃ。」(佐々木信胤は飽浦三郎左衛門尉信胤と呼ばれた)
「姫様を捉えて細川方に差し出せば、たんまりお礼が貰えるべ。」
「んだんだ。捉えるべ。」
手にクワや石を持ち取り囲んだのである。

「貴様ら!殿のご恩を忘れたか!」
供の者が刀に手をかけた時、音姫が口を開いた。
「およしなさい!私がこうして生きているから、このような悲しいことになるのです。もう争い事はたくさんです。」
そう言って、小刀を手に自らの命を絶ったのである。
「姫~!!!」
泣き叫ぶ供の者たち。呆然と立ち尽くす村人・・・。
姫の亡骸は近くの丘に葬られ、丁重に祀られた。

ところが!数日後、なんと数人の村人が音姫の亡骸を掘り起こし細川方に差し出したのである。

それから後、この村に恐ろしい災いが降り注ぐのであった。

以下次号

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信胤の隠し財宝の噂

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星ケ城の落城でわずかな兵を連れて西へ向かった信胤。ふと立ち止まり振り返った。
「し、しまった!!」
「殿、いかがなされましたか?」
「JAの通帳とハンコ持ってくるのを忘れた!取りに帰る!」
「いけません!城内にはまだ敵がおりまする!」
「し、しかし!」
「しかしもスガシカオもありません!」
「♪おだいりさ~まとおひなさま~ふ~たり並んでスガシカオ~♪」
「・・・殿。それは、すまし顔~でございます。」
「わかっておる。シャレの通じぬ奴じゃのぅ。」
「はぁ・・」
「♪誤~認逮捕~のホレ逮捕~きょ~うは楽しいひなまつり~♪」
「・・殿。五人ばやしを誤認逮捕とは、ちと苦しゅうござります。」

そう言うわけで、星ケ城の城跡~寒霞渓の渓谷にかけて、現在でもまことしやかに
「信胤の隠し財宝」の噂が残っている。
昔、テレビでやっていた「徳川埋蔵金」のように、大掛かりな発掘をすれば新たな観
光の話題となるかもしれないが、残念なことに瀬戸内海国立公園だから無理だろう。

以下次号

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飽浦の音姫

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さてさて、前回「信胤とお才の娘」として登場した音姫だが、文献等には載っていない。
伝承として伝えられているだけなのだ。信胤の息女として「竹成御前」という名は残っているので、もしかすると同一人物なのかもしれない。はなはだ不勉強である ( ̄^ ̄)y-~ 

話を戻そう。1347年(貞和3年)、足利尊氏の命を受け北朝側の淡路守護細川師氏は、淡路・阿波・讃岐・備前4か国の大軍を率いて小豆島に攻め込むのである。小豆島ひとつに、これだけの大軍を投じたということは、相当信胤軍が強かったかったに違いない。
迎え撃つは信胤本隊と勇猛果敢な熊野水軍・沼島水軍。激戦に激戦を繰り返し、小豆島の浜には戦死した兵士の遺体が無数に流れ着いたと言われている。
戦いは1ケ月に及び、信胤軍は健闘したものの多勢に無勢。細川軍は島へ上陸。
星ケ城もやがて落城してしまうのであった。

「殿!一刻も早くお逃げください!!」
「いや、もはやこれまで・・。信胤も命運が尽きた。城と共にこの命、果てようぞ。」
「なりませぬ!殿さえご無事なら、またお家再興の日もありましょう!」
「お才は、音姫はどうするのだ」
「奥方様と姫様は、我々がお守りいたします!なにとぞ、なにとぞお逃げ下さい!」
「・・・ぐっ。では、お才と姫を頼んだぞ!」

信胤は、わずかな手勢を引き連れて城を落ち延び西へ向かうのだった。

以下次号

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平穏な日々

屋敷内で足利尊氏と密談をする高師秋。
♪チャンチャカチャンチャン、チャチャンチャチャンチャン~♪
「お才の局~を~寝取ら~れてぇ~その上~南朝に~寝返られま~した~♪チックショー!!!」
「師秋。小梅太夫のモノマネしてる場合じゃないから。」
「はぁ、あまりに悔しいもんでして。」
「で、どうすんのよ。これから。」
「ええと。軍勢を集めて小豆島に攻め込みますっ。」
「あのね。細川師氏に聞いたら、信胤のやつ熊野水軍や淡路の沼島水軍と手を結んだって言うじゃないの。んで、小豆島の周りにはそいつらがうようよしてるんだって。ヘタに攻め込んだら返り討ちに遭っちゃうよ?」
「マ、マジっすかっ?」
「だいたいお前が悪いんだぞ。側室の一人や二人、くれてやればいいものを。このエロじじい!」
「ひ、ひどい・・・」

新幹線や高速道路が無かったこの時代、物資の運搬や軍勢の移動などには、海路が最も重要な交通手段だったのである。
特に、近畿と中国・四国・九州を結ぶ瀬戸内海航路は交通の大動脈だった。
その重要拠点となる小豆島を南朝に奪われたのである。北朝にしてみれば、動脈を断たれた形になったのだ。
一方、信胤にしてみれば、勇猛な熊野水軍や沼島水軍と手を結ぶことにより、自身の安全を確保したのであった。
しばらくの間膠着状態が続き、信胤とお才の局に平穏な日々が訪れた。
やがて二人の間に、音姫という玉のような可愛い女の子が産まれる。

~そして7年後~
とうとう平穏な日々は終わりを告げ、幼い音姫も戦乱の渦に巻き込まれてしまうのであった。

以下次号

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信胤の謀反

さてさて、燃え上がる情熱を抑えきれずに「お才の局」を奪い、国元の備前児島に連れ帰った信胤
だったが、よくよく考えてみると非常にマズい。何せ恋敵は、あの足利尊氏の側近「高師秋」なのだ。
絶対に取り返しに来る。いや、大軍で攻めてくるかもしれない。

一方、最愛のお才の局を奪われた高師秋。役どころで言うとマヌケな中年オヤジ。漫画家で時々
ドラマにも出ている蛭子能収あたりのイメージだろうか。その蛭子さんは怒った。それはもう、怒った。
「にっくき速水もこみちめ!ギャフンと言わせてやる!」

信胤は、悩んだ末に決断をする。「そうだ、小豆島へ行こう。あそこなら島だから易々と攻め込まれ
ないだろう。あ、ついでに南朝に寝返っちゃえ!」なんと、愛する女性のために謀反の決断までして
しまうのであった。
お才の局と軍勢を引き連れ小豆島にやってきた信胤。
「見よ、お才よ。あれがオリーブだ。実を絞ってオリーブオイルを作ってやろう。ますます美人になるぞ。わっはっは。」
「まぁ、信胤さまったら。おほほほほ。」
そんな会話は交わされなかった。なぜならば、その頃はまだオリーブが日本になかったから。

以下次号

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佐々木信胤

小豆島の最高峰「星ケ城山」。名前の通り、その昔には城があった。
時は南北朝時代、城主の名前は佐々木信胤。(こう書くと、講釈師みたいでなんか恥ずかしい)
島の人なら、その名前は聞いたことがあるはずだが、意外とどんな人物だったか知られていない。
元を辿れば宇多天皇の流れをくむ源氏の一族で、先祖や縁者にはそれはもう凄い人もいるのだが
それはさておき、信胤と言えばラブ・ロマンスである。

信胤の奥さん?は「お才(妻)の局」。元々は足利尊氏の側近中の側近「高師秋(こうのもろあき)」
の側室で、京洛3美人の随一と言われたほどの美女だった。きっと仲間由紀恵くらい美人だったに
違いない。信胤は高師秋から、その仲間由紀恵を奪って逃げたのである。
いや、奪ったのは仲間由紀恵じゃなくて「お才の局」なのだが。
お才の局にすれば、高師秋の側室でいれば花の都で何不自由なく暮らせたものを、田舎武将の
もとに走ったのだから、きっと信胤も相当な美男子だったのだろう。今で言えば、速水もこみちか
小栗旬くらいだろうか。憎い。
この事件については太平記絵巻第七巻にも描かれている。

以下次号

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プロフィール

紅雲亭 一葉
プロレタリア文学作家の血を引く佃煮屋さん。
読む人をして声を出して笑わせしめる天賦の文筆力を授かる。 その文章に根強いファンが増えるはず。

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