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-島歩き- 小豆島おもしろ草子

小豆島の北側、大部地区の琴塚という集落に住吉神社がある。
さらに海に突き出た半島の先に、なんとも不思議な石が見える。3.jpg





















近付いて見ると、滑りやすい砂地の急斜面にもかかわらず、微妙なバランスで立っているのだ。
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接地面を見ると、特に固定しているわけでもない。ただ、立っている。
なぜこんなことになったのだろう?そして、なぜ転がり落ちないのだろう?
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同行した友人が押してみたが、少々のことではビクともしない。
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なんとも面白い、不思議な石である。








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日常にある歴史的建造物

小豆島町の吉野地区の小さな溝にかかっている橋。
近くに住む人たちが毎日利用している橋である。
その橋を横から見ると、右から左に「記念橋」と彫られている。
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何の記念なんだろう?と、小さな欄干を見ると・・。日露?
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開戦!
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どうやら、日露戦争の開戦時に造られた橋のようだ。
日露戦争開戦といえば1904年。今から106年前に造られた橋。
1世紀以上の間、この橋はこの地区の人たちの暮らしを支え続けている。
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西の瀧「龍水寺」

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西の瀧「龍水寺」 国道436号線を土庄から池田方面へと向かっていると、山中の崖に赤い建物が建っているのが目に入る。小豆島霊場八十八ケ所「四十二番札所 龍水寺」である。 現在、この寺は「三十三番札所 長勝寺」奥の院となっているが、歴史はこちらの方が古いのではないだろうか。 岩肌に建てられた本堂に入ると、左側に奥へと進む洞窟がある。伝説によると、村人に害を及ぼす2匹の龍を弘法大師が密教の秘術で岩壷に閉じ込めたという。岩窟に湧く水は、その龍の涙と言われ、大師の加持水として万病に効くとされている。 この龍水寺にあった梵鐘は建治元年(1275)の刻印があり、国の重要文化財に指定されている。 また、洞窟の中にあった宝篋印塔は、建武5年(1338)と刻まれており、南北朝時代の様式をよく表していることから国の重要美術品に認定されている。

小豆島の山岳霊場は、修験道と関わりがあると思われる。 この龍水寺のすぐ右側の山中に、盛り上がった岩山があり、その崖の中腹に熊野権現が祀られていることから、龍水寺も熊野権現と何らかの関わりがあったのではないだろうか。 承久の乱のころから南北朝時代まで、小豆島池田郷は須佐美氏という一族が勢力を持っており、この一族は紀州から移り住んだと思われる。 紀州の周参見には、周参見王子神社があり、元は若一(にゃくいち)王子権現社であったという。 若一王子の本地仏は十一面観音。龍水寺のご本尊も十一面観音であり、妙に符号する。

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夏至観音

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夏至観音

毎年、夏至の時期になると、小豆島霊場1番札所「洞雲山」に神秘的な現象が起こる。
午後3時から約5分間、岩肌に観音像が浮かび上がるのだ。
太陽の光と影が作り出すこの観音様は「夏至観音」と呼ばれ、多くの人が一目見ようと訪れる。

不思議な現象である。

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舟着き岩

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舟着き岩

西寒霞渓、一般には小豆島ヴィラと呼ばれる別荘地のはずれに、崖から空中に飛び出た岩がある。
この岩からは小豆島の内海湾一帯が一望できる、絶景の場所でもある。
ただし、岩の下は木が生い茂った森であり、ここから下りる道もなければ、集落から上がってくる道もない。
観光案内に載っているスポットではないので、ほとんど誰も知らない場所なのだが、すぐ近くに電波塔があるので常に下草は刈られていて、場所さえわかれば比較的簡単に行ける絶景ポイントでもある。

この岩は、通称「舟着き岩」と呼ばれている。その昔、この岩に舟が着いたというのだ。
標高600mほどあるこの場所に舟が着いた?そんなバカな。それともノアの方舟伝説のように、数千年前に大洪水が起こり、この場所に舟が着いたというのだろうか。
また、この岩自体が舟だという話もある。そう言えば、この岩の形は舟に見えないこともない。
その上、この岩の地面に接地している部分は、階段状に切られたような跡も見られる。

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岩が水に浮くことはないので、日本の神話でいう「天の岩舟」だろうか?
謎の岩である。

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小豆島魔界紀行

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小豆島魔界紀行

小豆島には数多くのミステリースポットが点在する。
それは自然が作り出した物もあれば、明らかに人工的な物もある。
しかしながら、現代に生きる私たちにとって、それは自然の驚異であったり、理解不能なものであったりするのである。
それらをここで紹介しよう。

小瀬の重ね岩
高松から小豆島土庄港に入港するときに、右手側の山の端に見える岩である。
岩の上に巨大な岩が微妙なバランスで乗っている。
ここには日本七霊山のひとつ、霊峰石鎚山から勧請された石鎚毘古命が祀られており、多くの参拝者が訪れる。

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~エピローグ~

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~エピローグ~

この小豆島にある神社を結ぶ奇妙なラインに気がついてから、はや2年半が過ぎた。
このブログの展開と共に調査をしてきたのだが、その間にさまざまな情報が寄せられた。
ブログには載せなかったが、例えば富岡八幡神社を中心に半径3.6kmの円を書くと、池田亀山八幡宮・肥土山離宮八幡・伊喜末八幡神社・大木戸八幡神社がライン上に乗る等・・。

小豆島にこれだけ多くの神社が点在すると、地図をプロットすれば何らかのラインが出来る。
もちろんこれは偶然の産物であり、そこに神社を建てた意図はないのかもしれない。
ただ、東経134度19分ラインのように、先に古戦場があり「そこに後から神社が作られた」場合などは、歴史を知る上で貴重な遺産である。

我々が日々の生活の中で、神社にお参りをする機会はそう多くはない。特に宮司さんがいない、小さな「村の鎮守様」などは、目にとまることもないだろう。
しかしそこには「祀るための何らかの理由」があり、その理由は忘れられても、何百年の間受け継がれてきたものである。
なぜ「そこ」に祀られているのか、その祭神は「誰」なのか、それを知ることが故郷の歴史を学ぶ上で大切なことだと私は思う。

~最後に、読んで下さった皆様へ~
多くの方に感想を頂き、またわざわざ私を訪ねて来て頂いた方々に、グダグダのままこの章を終えることをとても申し訳なく、残念に思います。
このブログを書くために、今まで行ったこともなかった神社や山中の祠や磐座などを巡り、さまざまな発見がありました。今後も引き続き、小出しになりますが、そのレポートを書きたいと思います。


小豆島結界物語  ~終~

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結末~時代へ

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結末~時代へ

「皆さん!大丈夫ですか!!」
ようやく揺れが収まり、たくろう氏が叫んだ。

「いててて・・・。それにしても凄い地震でしたね。」
紫蘭さんが腕を押えながら答えた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、ちょっと机にぶつけただけです。」
「いやあ、こんな揺れは阪神大震災以来ですね。」
「怖かった・・」
机の下に潜っていたメンバーはお互いに無事を確認しあいながら、口々に安堵の言葉を漏らした。

「あれ?一葉さんは?」
「一葉さんが・・・消えた?」

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「殿!殿!!」
林の中の小道を、鎧兜に身を包んだ武者がこちらに駆けてくる。
「細川の軍勢が讃岐を出たようです!」
「来たか。狼煙を上げて、熊野水軍に伝えよ。」
彼方の海を見ながら、私はそう答えた。

「来ましたな・・信胤様。なあに、細川の腰抜け共なんぞ返り討ちにしてくれますわい。」
私の隣で年配の老武者が言った。
「十郎兵衛。この戦、絶対に負けるわけにはいかん。この小豆島に来て7年。ようやく見つけ出した本物の三種の神器を、なんとしても後醍醐天皇に届けるのだ。」
「信胤様がこの地に来られて、はや7年になりますか。それにしても平家の落人がまさかこの地に三種の神器を隠していようとは、思いもよりませんでしたわい。」
「安徳天皇とともに海に沈んだ神器がいつの間にか引き上げられた、という話を真に受けていたのか?」
「もちろん。信胤様以外の誰もがそう信じていたでしょうな。」
「ふっ。北朝の光明天皇の手にあるのは偽者じゃ。平家はいつの日かの復興をもくろんで、この島の3ケ所に古墳としてそれぞれを隠し、目印のために八幡大菩薩を祀る神社を建てた。伊勢の神宮と、この国の西の端の海神神社の線上にな。」
「平家の落人も、なかなかの知恵者ですな。もっとも、それを見破った信胤様の方が一枚上手でございますが。はっはっは」
「十郎兵衛。この三種の神器をもって後醍醐天皇を正統な帝とし、わしは武家の頭領である征夷大将軍となる。そうなればこの国は思いのままよ。」
「御意。」

私の目の前に広がる穏やかな瀬戸の海に、戦乱の嵐が吹き荒れようとしていた。

~小豆島結界物語~終~

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全ての謎を解く その7

「皆さん、三種の神器というのをご存知ですか?」
「鏡、剣、勾玉のことですね?」
紫蘭さんは何を言い出すのか、という顔で答えた。

「そうです。八咫鏡、天叢雲剣、八尺瓊勾玉のことです。八咫鏡はニニギノミコトが天孫降臨する際、この鏡をアマテラスだと思って祀るようにと手渡されたものです。天叢雲剣は別名草薙剣とも言われ、スサノオがヤマタノオロチを退治した時に、オロチの尻尾から出てきた剣です。」
「つまり、八咫鏡はアマテラスであり、天叢雲剣はスサノオということですか?」
「そうです。」
「では、残るひとつの八尺瓊勾玉は?」
「八尺瓊勾玉に関しては、天の岩戸隠れの時に玉祖命が作り天孫降臨の際にニニギノミコトに持たせたとありますが・・・・。」
「・・・が?」
「私は、八尺瓊勾玉は月読命(ツクヨミ)に関係があるのではないかと思うんです。」
「なぜ?」
「鏡=太陽=アマテラスであり、玉=月=ツクヨミではないかと思います。それであれば、三貴神(子)が三種の神器にそれぞれ当てはまるのです。」

「たしか、三種の神器は日本の正統な帝の証として、皇位継承の際に代々伝えられてきたものですね。」
サニーさんの問いに、私は一呼吸置いて答えた。

「その通りです。帝は三種の神器、つまり三貴神の力を受け継ぐことにより、畏敬の神格を得たのではないでしょうか。現在では、鏡は伊勢神宮に、剣は熱田神宮に、勾玉は御所にあるとされています。」
「それぞれ別の所にあるのですか?」
「ええ。この三種の神器をめぐって過去にさまざまな事件が起きているのです。」
「・・・・・事件?ですか?」
「最も大きな事件は、平家滅亡の際に平家に連れられていた当時8歳の安徳天皇が、祖母に抱きかかえられ海に飛び込み、三種の神器ともども海に沈んだとされている事件です。」
「海の底に沈んでしまったのですか?」
「ええ。ところが誰かの手により引き上げられ・・」

そこまで話た時、ドーン!という耳を劈く音とともに、大きな横揺れが起こった。

「地震だ!!!」
誰かが叫んだ。部屋の中は怒号と悲鳴が入り混じり騒然となった。
私は机にしがみ付き、なんとか立っていたが、次の大きな縦揺れで吹き飛ばされ、壁に打ち付けられて気を失った。

以下次号

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全ての謎を解く その6

「一葉さん。このラインにスサノオがなにやら関係しているようだ、という事はわかりましたが、東に到達するのは伊勢神宮でしたよね?」
「ええ。伊勢神宮、皇大神宮とも呼ばれる天照大御神を主祭神とする、神社本庁の本宗です。」
「西はスサノオ、東はアマテラスということですか。」
「ええ。で、この34度28分が到達する所は、伊勢神宮の中でも『月読宮』なんです。」
「月読というのは、いったい何ですか?」

たくろう氏が申し訳なさそうに尋ねた。

「イザナギが黄泉の国から帰ってきて禊をした時に、左目から生まれたのがアマテラス、右目から生まれたのが月読、鼻から生まれたのがスサノオで、この3人が三貴神と言われる重要な神様とされています。」
「アマテラスとスサノオはよく聞く名前ですが、月読というのはあまり聞かないですね。」
「ええ。神話でもアマテラスやスサノオが登場する話はたくさんあるのですが、月読のエピソードは記紀の中にほとんど出てきません。」
「三貴神の一人でありながら、それほど重要ではないという位置づけですか?」
「いえ、決してそうではないのです。」

以下次号

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プロフィール

紅雲亭 一葉
プロレタリア文学作家の血を引く佃煮屋さん。
読む人をして声を出して笑わせしめる天賦の文筆力を授かる。 その文章に根強いファンが増えるはず。

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