-小豆島写真館- 小豆島撮影記

プロローグ

今回このお仕事のご縁をいただき、ファインダー越しにこの島を巡ったとき、何度も通ったはずのこの島の新たな素顔が、まるで封印されていた蜃気楼のように浮かび上がってくるのを感じて大変驚き、そして興奮しました。

祈りと舞いと、そして文学と教育の、今の日本人にとっての原風景の数々が息をひそめて唐突に、しかしとても当たり前にそこにありました。

今回は夏編で、これから1年の四季を通じての、私自身と小豆島の出会い直しの旅が続いてゆきます。これまであまり知られることのなかった小豆島の素顔を、私なりに掘り起こしながらご紹介できたらとても幸いですし、皆様とご一緒にこのギャラリーを楽しみ、そして驚きながら創ってゆけたらと願っています。

秋の熱

写真館ギャラリー・秋篇の撮影に入り、島に通う日々が増えた。

今まで 秋と言うと紅葉とまあ、少しはお祭りと

収穫の季節ということは知ってはいても、栗拾いに行く程度。

ところが、この島では秋ほど熱い季節は無い、ということを知った。
オリーブ、歌舞伎、収穫祭に秋祭り。
見た目にはわかりずらいが、地熱のようなかげろうが、島の人々のあいだに通っているのがわかる。
コトバが熱い。目が熱い。
おそらくご本人たちは、無自覚だろうと思う。
毎年繰り返される、当たり前の約束事。
しかし、その繰り返しの約束事すら忘れている私たちだ。
たった一口の食物が口にはいるために、どれだけの労力が払われているか、その熱と汗を私たちは忘れてしまっている。
そして、無意識に出る「意味がない」笑顔の、なんという素敵さ。
アタマからではない、カラダから出る笑顔だ。

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今日は稲刈りを経験させていただいた。
ザクッザクッと鎌で束を切り取り、二束ずつ束ねてゆく。
あの、手から腕を通じて伝わる収穫の音は、カラダに眠る幾千年の時間を超えて、細胞を揺り起こす。

夏篇はあえて、初心の目で島に入った。
しかし、秋篇は島のかたがたのありように触れたいと思った。

カメラにあの収穫の振動が伝わることを願って、カメラ自身があの振動や音や、秋の熱をどう感じてくれるか、これからまた共同作業が始まる。

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写真館ギャラリー3本目のタイトル、スローフード篇がアップになった。
今回の撮影は間をあけて2日間。
素麺と佃煮と醤油という島の三大スローフードがテーマだ。
ただ 作業工程を撮ったのではありきたりになってしまう。
私なりのどんな切り口が見つかるかと、最初は正直いって不安もあった。
そのうえ 撮らせていただくみなさんは撮影のタイミングやらを計りながら仕込みをしなくてはならないし、そのための時間も空けなくてはならない。
テーマを明確にしたうえで、効率よく撮らなければならない。

とにかく、この写真館を任せていただいてから、まず島の皆さんに喜んでもらえなければ意味がない、とそこだけは十分に気をつけたかった。
そして、スローフードというからには、島時間の流れとそれら食べ物を育てる人の温度が肌で感じられるようなカットを撮りたかった。
でも時間と温度は目には見えず、映像ではなく、シャシンという切り取られた時間の中にそれをどう視覚化したらいいかが最大のテーマだった。
でも面白いのは、いざジブンの目がファインダーとしてセットされると、いつもとは全く違う景色が見えてくること。
今回も朝からカットを重ねてゆくうちに、瀬戸内海に浮かぶこの島独特の陰影、光と陰が存在することが見えてきた。
とくにそれぞれお邪魔させていただいた工房に、それぞれの時間の流れ方とその食べ物を育んでいる光と陰の絶妙なバランスがあることに気がついた。
濃くも薄くもなく、なんともいえない、カラダにやんわりと浸透してくるような空気感と、あたかも意思をもっているかのような時間の流れ。
湿度と温度と光と陰、そこは人の手と大自然の暗黙の協力のなかで管理されてゆく。
そこで明らかに耳には聞こえない、それら食べ物たちのおしゃべりと歌が聴こえてくるような気がした。
それがまた人の手の温度とぬくもりに見守られながら、営々と受け継がれている。

また、今回はあえて外の景色は時間が止まったような少しレトロな感じを出したかった。
というのも、 私たちが生まれる前からそこにある空気感というのか、代々祖先の皆様方が、食べ物を糧と日々創りだすのに、苦労と工夫を重ね受け継ぎ伝えてきた無言のメッセージを時間軸の中に、ストップモーションのように、どういうかたちでか浮かび上がらせたかったからだ。

材料だけが食べ物の素材ではなく、そこにある坂道、塀、屋根、山や丘、海、それらのひとつひとつが醸し出す「環境」は人の手によるものと、人の手が届かない自然のありようの、まさにコラボレーション。
地球上の、たったここにしかない、小豆島という台所でつくられた、かけがえのない食べ物たちは、そのまま日本人が古代より慣れ親しんできた料理のもっともエッセンス、土台となる食べ物のありかたそのものだと思う。

なんだかずいぶん演説ぶってしまいました。
そんな想いで撮り仕上げた今回のロールですが、いままでの夏篇秋篇とは、ひと味違うつくりになっています。
ひととき楽しんでいただけたら存外の幸せです。
また、今回の撮影にあたり、ご協力いただきました関係者の皆様にこの場を借りて厚くお礼申し上げます。  
ありがとうございました。