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-オリーブの話- 小豆島のオリーブ

歴史のページ

<私たちの先輩!世界の歴史>

私たちの先輩!世界の歴史

■オリーブの起源

まずは私たち小豆島よりもずっと先輩の世界の歴史に触れておきましょう。
オリーブの葉の化石から数万年前から数十万年前には存在していることがわかっています。
また、栽培は5000年〜6000年前には小アジアから始まり西へ、そして大陸の発見とともに世界に広まったと考えられています。
オリーブの文化

■オリーブの文化

海外ではオリーブが「神」から使わされた自然の恵みとされていました。
各種の神話や伝説の中ではオリーブの木、オリーブオイルの名が連なっています。
また時には通貨に、時には富や文化の破壊を目的に戦争時の最初の攻撃対象になったりと、オリーブは文明に大きな影響をもたらしました。

<各地で試みる!日本の歴史>

各地で試みる!日本の歴史日本にオイルが入ってきたのは安土・桃山時代、フランシスコ派の宣教師が持ち込んだとされています。栽培としては文久2年、徳川将軍の侍医、林洞海がフランスから輸入し、横須賀にて薬用目的で育てました。しかし実にならず、初めて実になったのは後に赤十字社を興した佐野常民が1974年にイタリアから持ち帰って植えたオリーブです。東京と和歌山に植え、和歌山のオリーブのみが実を結びましたが、台風や害虫の影響で枯れました。
その後、パリ万博日本事務局副総裁の松方正義(後の総理大臣)や事務官長の前田正名が2000本ものオリーブをフランスより輸入し、歓農局三田育種場及び神戸の同場付属植物園(後の神戸オリーブ園)に植えました。目的が曖昧で長続きはしませんでしたが、兵庫県加古川市の宝蔵寺と神戸市の湊川神社に今でも1本ずつ残っています。

<栽培に成功!小豆島でのオリーブ>

さあ、いよいよ小豆島のオリーブのお話へ。
日露戦争で獲得した広大な漁場から獲れる鰯等を保存、輸送しようと油漬けの缶詰を製造することになりました。その製造のためにオリーブオイルが必要となり、1908年に香川(小豆島)、三重、 鹿児島の3県がオリーブ栽培試験地に指定された中、小豆島だけが実を結びました。
しかしオリーブを栽培するのもオリーブ製品を作るもの全くの手探り。試行錯誤繰り返しながら今のオリーブに至りました。

オリーブの文化

■オイルの歴史

1910年に無事実を付けることに成功した当初、オリーブを絞る為の道具などなかったので、醤油もろみ圧搾の際使用する麻布製に入れて圧搾を試みました。その後、様々な試みが行われ、今では小豆島の各場所に世界から大小様々な専用の機械を取り寄せ、収穫後すぐに搾油できる体制を整えています。ただし、機械が導入されても、オリーブの状態を目利きし様々な調整をする技が必要です。最高の実を付けさせる技、操作技術が確立しだしたのはここ20年ほどのことです。

オリーブの文化

■新漬けの歴史

1914年、園芸家の福羽逸人を招き、緑果塩蔵を試みました。
農業試験場にて試作研究をされては試みるもののなかなか渋は抜けず、アメリカの原書を取り寄せては様々な研究を繰り返しました。そうした中、苛性ソーダによる脱渋技術を見つけ、ようやく一歩を踏み出しました。
さらに昭和2年、農場試験場の岸本技師が苛性ソーダによって脱渋し塩水で発酵させる果実加工がされました。その後も様々な研究が繰り返され、今のような新漬けになることができたのもここ20年ほどのことです。

オリーブは比較的育てやすく、様々な状況に対応し、耐久性の強い植物です。
しかし、毎年最高の状態にもっていくにはどんなに精力を注いでも全ての行程において10年はかかります。今でも先人の知恵を借りながら新たな試みが次々となされています。数年先に誇れる歴史を作れるよう、今も成長し続けています。