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どこの花畑かと思ったら、おばあちゃんの菊菜。
いよいよ終わりに、まだ咲いて、まだ芽を出す。
アスパラは、もはや知らない葉っぱになっている。
それを残したままの、おばあちゃんの畑が好き。
菊菜という、植物の一生。アスパラの一生。
芽を食べたり、葉っぱを食べたり、花を食べたり、
実を食べたり、根っこを食べたり、種を食べたり。
そんなことおかまいなしに、育ちまくる野菜たち。
おばあちゃんはちょっと手を貸して、ちょっと採る。
畑は一雨ごとにうっそうとして、
だんだん通るところがなくなってきた。

これは、おばあちゃんの畑の夏蜜柑のあかちゃん。
一つの木に、前の実と次の実がいっしょに生っとる。

畑の脇に、しおからとんぼ。
昔、家のそばにようおった。
もう、夏をつれてきたん?

休館日に勉強会と称して島で遊ぶ。
お客さんの目には、何が映るのか。
客室清掃を終えたスタッフとも、山の上で合流。
波切不動さんの前の狭い岩場に、宿のスタッフが
ぎゅっと集まって、宿を見下ろしている不思議。
ずっと島に住むスタッフが、景色に感動して思わず、
「小豆島って大きいなぁ」と言うたのに、感動する。
私はよそから来て、今はここに住んで、
ここで働くことが日常だけれど、お客さんは違う。
みんなでこの景色を見れて、良かったなと思う。
曇っていて、夏至観音さまはおいでなかったけど、
牧場には牛たちが、草を食んでおいでた。

そのあと、畑にいくと西瓜畑に立派な骨組み。
これは、網を掛けて小鳥から守るため。
下にはおがくずを、ふかふかに敷き詰めて。
西瓜だけ、待遇良すぎてない?
南瓜には、ダンボールなのにさ。
よっぽど、去年のが悔しかったみたい。
小鳥とおばあちゃんの西瓜をめぐる攻防の話は、
何度聞いても、おもしろい。
「籠をかぶしても、大勢で動かすんか知らんけど
どっからか入っちゃあ、つっついていく。」
ほんとは見たことないから、小鳥かどうかは分からない。
まだ見ぬ敵に、万全の構えをするおばあちゃん。
私たちは、勉強して、工夫する。

「今日全部掘りあげた」と、おばあちゃん。
そろそろとは思っていたけれど、今日だったとは。
そういう催しは、ぜひお知らせいただかないと。
「なかなかええのができた。
今年はめずらしい人が、手伝うてくれたさかい。」
バケツにコーラ瓶を入れて、また畑へ。
めずらしいとは、私のこと。
今日一日で、じゃがいも畑は跡形もなく。
隣には、さつま芋の芽がひょろひょろと。

久しぶりの「家」は、変わらずにそこに在った。
私が居ようが居まいが、変わらずに居る家族。
ガレージの天井に、今年も帰ってきたツバメ。
一日として同じ日はないけれど、細やかな変化を
当たり前に飲み込みながら、図太く、変わらずに続く
「日常」というものへの憧れを、つよく感じた。
たくさん寝て、海を渡り、今日もまた仕事へ。
夜になってから、突然の激しい雷雨。
久しぶりの、停電するほどのざんざん降りでも、
畑が潤うこと、空が磨かれることを思えば、
嬉しいかなという程度の、些細なできごと。

暑い日が続いて、畑が茂ってきた。
苺はもう終わり。探さんと見つからん。
採り忘れたら、夕方には煮えてしまう。
昨日から、初生りの胡瓜をお出ししている。
私はこの胡瓜を、苗のときから知っている。
夕方に採ったばっかりの畑胡瓜。
お客さんは「甘い」と言っておかわりした。
おばあちゃんによろしくと。
トマトはまだこのくらい。

今夜のお客さん、私の地元から。
お客さんは日々、方々から来る。
知っとる人や知らん人。
知っとる人の、知らんとこ。
知らん人の、知っとるとこ。
瞬間に、家族のように思って、
喜んでくれるといいなと勝手に思う。
「親身法」と教わった。
お客さん家族と過ごしてばかりで、
うっかりご無沙汰していたけれど、
次の休みは自分の家に泊まりに行こう。
究極に親身なもてなしを受けてこよう。
はじめてみた柿の花。
知らん花から、知っとる実が生る。

ゆうべの帰りし。
月が眩しいなんてはじめてで、
なかなか家に入れんかった。
どくだみ湯はさっぱりとした。

どくだみが咲いたよ。
十薬といって、薬効があるん。
どくだみ湯ってどうかな。
くさいんかな。
摘んで帰って、今夜試そう。
試作と称して、いろいろする。

一雨ごとに勢いを増す植物。
季節は徐々に、がらりと変わる。
名前負けせぬよう、見逃さぬよう。
おばあちゃんと植えた胡瓜に、
あるじが立てた支柱。
六月に入った。
さぁ今日からまた、気持ち新たに。