ヘッダーをスキップ




小豆島おもしろ草子


トライアングル1

2007年10月15日

071015.jpg

トライアングル1

二面古墳がある妙見社は、神が宿る山と言われている飯神山のふもとにある。
そして、ほぼ同じ北緯に亀尾山古墳がある上に、星ケ城の南西45度の裏鬼門でもある。

「とりあえず、線を引いてみよう。」

星ケ城~亀尾山古墳。これは最初に見つけた東経139度19分の南北ライン。
亀尾山古墳~二面古墳。東西に伸びる北緯34度27分42~46秒ライン。
星ケ城~二面古墳。45度のライン。
見事に二等辺直角三角形が出来上がる。

「ふむ・・・。」

私は何気なく、三角定規を手にしてラインに当ててみた。と、驚くことに気付いた。
三角定規は2枚ある。言うまでもなく、90度・45度・45度の二等辺の三角定規と、
90度・60度・30度の直角三角形の定規だ。
私が手にしていた三角定規は、60度・30度がある直角三角形の方だった。

二面古墳から30度の角度、そして亀尾山古墳からは60度の角度で北へ伸ばした
場合、2つの線が交わる地点が出てくる。
その地点からは、二面古墳・亀尾山古墳それぞれに線を引くと90度の角度になる所だ。

そして、その場所はなんと、神懸通りの天津神社(妙見社)なのである!

以下次号

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.olive.or.jp/mt/olive20080625-mt-tb.cgi/536

コメント

うちの家のそば(福田の上、水晶山)には土器が取れてましたよ!

>土器が取れてましたよ!
ども、fooさん・・どんな土器ですか?
ちょっとネットで見ていたのですが、岡山の児島あたりから製塩土器が出土し各地に広がっていったと言う説が有り。中国や韓半島からの伝播では?と説明されていましたが、製塩用の土器は縄文では茨城あたりから東北に広がっていて、また土器の古さ(1万数千年)から信州などから東西に広がったのかも?・・と妄想してます。
また伊喜末でしたか、ワイングラス形(高杯たかつき)のたぶん製塩土器と思われるのが出ていたように記憶してますが、『小豆島」の”豆”の字の語源に「高杯の形からできた象形文字」で密かに、島の名前の由来に関係するか?とちょっとドキドキ・・ベタやなあ^^;
*一葉さん・・m(_ _)mスマソ  ちょっと本題から反れていそうで。

コメントを投稿
登録する