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山幸彦と豊玉姫の検証2
さて、前号で書いたように「古事記」では、山幸彦と豊玉姫の孫(甥)が神武天皇となっているのだが、歴史学者の見解では、神武~開化までの九代は欠史九代として、実在しない天皇(後世の創作)と言われている。
では、山幸彦と豊玉姫の血を引く人物で「大和朝廷」を建てた人物は誰なのか?
一説には、第10代崇神天皇が神武のモデルであり「大和朝廷の祖」と言われているが、私は第15代の応神天皇ではないかと考える。応神天皇の母は神功皇后であり、卑弥呼と同じように巫女で倭女王とされている。また、応神天皇の祖父は「日本武尊」で、父である景行天皇の命令で、たった一人で敵対する国々を平定した人物である。一人で船に乗り海に漕ぎ出した山幸彦と似ている。
それはさておき、豊玉姫=壹与だとすると、山幸彦が豊玉姫と出逢った「聖なる島」こそが邪馬台国である。そこはどこか?
ここで、始めに書いた国生み神話がキーになる。
「聖なる島」であるからには、イザナギ・イザナミによって生まれた島でなければならない。
小船に乗り、一人で漕ぎ出したというからには、日本海の荒海ではなく瀬戸内海である。
候補は、吉備児島、小豆島、大島、姫島、知訶島、両児島。
このうち知訶島と両児島は、どこだか特定できていない。
吉備児島は、半島である。これで小豆島、大島、姫島の3つに絞られた。
この3島の古事記での呼び名であるが、小豆島(大野手比賣(おおのでひめ)、大島(大多麻流別(おおたまるわけ)、姫島(天の一つ根)。
邪馬台国は、女王国である。住む島も女性の名前でなければならない。
上記3島のうち、女性の名前が付いた島はただひとつ。
小豆島である!
以下次号
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「小豆島おもしろ草子」に感化されまして、
『劇画古事記 神々の物語』と梅原猛の『古事記』を注文。
(いずれも初心者向け)
さっき届きました。
私たちって、国の成り立ちに関わる物語を学ぶ機会がないんですよね。
私自身は日本神話って、ほんの一握りの単なるパーツしか知らないので、これを機に、ちょっと紐解いてみます。
いっぱ師匠、歴史オンチの私をその気にさせていただき、ありがとうございます~